被災者の方々のこころのケアについて

「傾聴」のことを学習された(或いは「傾聴」に関心をお持ちの)みなさまへ

3月11日、東北、関東北部では、未曾有の大きな災害に見舞われました。そして1週間を過ぎたいま、力強い多くの支援の輪が広がりを見せてきました。誰もが何らかのことで役に立ちたいと願っているようすが、伝わってきます。

ところで、当法人関連の傾聴ボランティア養成講座を受けられたみなさま、またつねづね傾聴に関心を持たれているみなさま、これから、被災された方や、身近な方が被災されたという方々のお話しをお聴きするような機会がありましたら、下記の文をお読み頂き、ぜひ参考にしてください。

対象喪失(大切な人やものをなくした)体験をしている方々への対応
                 ~「悲嘆の作業」の手助け ~

東北関東大震災で被災された方には、心からお見舞いとお悔やみを申し上げます。また直接被災されなくとも、ご家族やご親戚、お友達の安否に心痛めていられる方、いかばかりかとお察し申し上げます。刻々報道される被災地のようすには、ただ息を呑むばかりで、全く言葉を失ってしまいます。

さいわい難を逃れて避難できた方にしても、これまで築いてこられたご家族との生活が一瞬にして奪われたのですから、これほどの喪失体験(悲嘆)はありえないでしょう。ライフラインや衣食住はほんの少しずつですが、復旧への道のりが見えてきました。しかし、被災に遭われた方やその関係者の方々の心の傷は、時間の経過とともに、ますますその深さを増すことになるのではないでしょうか。大切な方やこれまでの生活基盤を失った方々に対する心のケアが必要になってきます。ここに、私たちのできることがあります。つまり、「傾聴する」ことです。喪失体験をしている方々の「悲嘆の作業」を手助けすることで、私たちもお役に立てるかもしれません。

ボウルビィ(J.M..Bowlby)は、悲嘆の過程を次のように述べています。

  1. 無感覚で失ったことを認められない段階
  2. 怒り、失った人を思慕し探し求める段階
  3. 混乱と絶望の段階
  4. 再建の段階

別れた人とのつながりや過去のことを、事細かにたどることにエネルギーを集中して、失った痛みを、繰り返し繰り返し新たに実感し直しながら上記の悲嘆の過程をたどることが必要です。怒りや悲しみ、苦しみに暮れている方の心に寄り添うことが求められるのです。

私たちは、悲嘆に打ちひしがれた人を目の前にすると、元気づけたい、励ましたい、という気持ちになります。しかし、よかれと思ってかける何気ない言葉が、かえって相手を傷つけることもあります。「思ったより元気そうね」「あなたがしっかりしないと」「がんばってね」とか、また「まだまだ大変な人もいるのだから」「いつまでも後ろを振り返らないで、前向きに行こうよ」など、いっそう相手が落ち込んでしまうことにもなりかねません。ひたすら相手の話を聴く、あるときは、何も言わずに静かに傍にいるだけでもよいでしょう。また時には、手を握ったり肩を抱き寄せて気持を通い合わることもよいでしょう。そうして、相手の話をじっくり聴くことに徹することが大切なのです。

生き残った方は、そのこと自体で自分を責めることもあります。「なぜ自分だけが?」「あの時ああしていればよかったのに・・」「ああしなければこんなことに・・」など、いつまでも悔やみ、自分を責め続けることがあります。このようなときも、やはり、繰り返される話に、ひたすら耳を傾けることです。お説教や自分の考えを押し付けたり指示をだしたりは、禁物です。

このようにして私たちが話しを聴いたからといって、おおきな悲しみがその方の心の中から消え去るものではありません。そうではなくて、彼女(彼)は、繰り返し話しをし、しっかり受け止めてもらうことによって、自分の胸の中にその悲しみの収めどころを見つけます。そして心の整理をつけて、やがては立ち直っていく、ことになっていくのです。

この過程は、人によって、時間のかかり方が違ってきます。私たちもじっくり関わる覚悟が必要となります。「傾聴」を学習したことを糧に、かつてない今回の難事に、少しでも役に立つことができればと、心から願っています。